神垣式認知機能リハビリとは1 身体接触ーケアとリハビリの両面から

はじめに

認知症ケアのアプローチとして「バリデーション」や「ユマニチュード」が、わが国でも注目を浴びてきました。それぞれに裏付けがあり、意味のあるアプローチです。私は敢えてそれらの解説書を読んでいませんが、それらの良さは想像がつきます。私のアプローチはそれらと似ているかもしれませんが、大脳生理学と精神分析、そして誰もが持っている体験からの裏付けを紹介しつつ、解説していきたいと思います。


認知症者は子どもと同じ

 人間の脳は十歳くらいで90%ができ上がるようです。その後十代で完成しますが、その後は加齢にともなって神経細胞は死滅し始め、統計で見ると、六十歳を境に脳神経細胞は更に加速して萎縮(死滅)し続けます。特に飲酒と喫煙が度を越すと神経細胞の死滅は加速し、認知症のなりやすさが150%近くまで増加します。
 どの部位の神経細胞が死滅するのかは人により異なりますが、脳神経細胞の死滅が進行し、シナプス活動が低下すると、発育途上の子供の脳のレベルまで低下してしまいます。ただし、認知症高齢者が幼い子供と異なるのは、長い時間繰り返した経験の記憶は多く残しているため、古い経験からの動作は実行できます。一方で、物事の意味を理解したり、評価したり、反省したり、成功体験を繰り返すことなどはしにくくなります。

 ここで、あなたご自身の幼かった頃のこと、または身近な幼子の様子を思い出してみて下さい。幼稚園から小学校一年生くらいの子供の日常の姿です。気に入ったおもちゃは手放さず、時間を忘れて遊び続けます。楽しいと思ったことは何度も繰り返し、我慢することを嫌がります。大人が「危ない」と指摘しても何度も危険なことを繰り返しチャレンジします。本当に痛い目に遭わないと止めません。手指の神経が鈍く筋力が弱いので、精密な動作ができません。私達なら気をつけて、用心する動作も危なっかしく、食べ物をこぼし、手や着衣を汚す失敗を繰り返します。何度も注意すると怒りだし、気になることは待つことができず、繰り返し訴え、喋ります。暑さ寒さへの対処を自身でできなくて、同じものばかり着てしまいます。味覚が未発達な子供ははっきりした味を好み、微妙な薄味を好みません。大きな音を嫌い、怖がります。

 実は、認知症者はこのような子供と似た反応を示します。最大の違いは、自分があなたよりも年長だと(たぶん)自覚していることで、注意をされた時の反発の仕方が可愛らしくないことでしょう。子供なら泣いてしまう場面でも、「あなたに言われたくない」とか「あなたのせいよ」と反論して、怒ってしまうでしょう。その瞬間、私達は認知症者を年上の大人として再認識しますから、反論されると怯んでしまいます。年長の高齢者として敬う意識から、一周回って「じゃあ、ちゃんとしてくださいよ」という気持ちに戻ってしまいます。このままでは介護の迷路から抜け出せません。ではどう考えればいいのでしょうか。


身体接触ーケアとリハビリの両面から

■乳児の人見知り

林 隆博氏(西焼津こどもクリニック 院長)が次のように仰っています。

『ヒトはなぜ「人見知り」するのか?』より
要旨:乳児には人見知りの時期がある。今回は人見知りについてその精神機能発達上での意義を深く考えた。乳児の人見知りについての記述は大変少なく、十分に知られていない部分も有ると思われるので、筆者は20年の外来診療経験から自身が解釈している乳児期の人見知りについてその概要を述べた。人見知りは決して養育者からの分離不安の結果ではなく、他人の心に対する理解が出来ないための不安に違いない、従ってこの時期こそが人類特有の社会的なコミュニケーションが芽生えるときだと著者が考えている。

・0ヶ月から2ヶ月まで
満腹で微睡んでいるときにニッコリ笑う新生児微笑が観察されますが、これは意識的な微笑ではなく、主に副交感神経刺激で顔面神経核が興奮することによる生理的な微笑反射です。

・3ヶ月目から4ヶ月目には
赤ちゃんは自分に向けられた人の笑顔に特異的に笑顔を作って返すようになります。この時期の赤ちゃんの視力は顔全体の輪郭と大きな動きを見分ける程度の弱いものですので、顔を合わせる人の口の動きに敏感に反応します。これはまだ反射的な微笑の延長と考えられますが、人の笑顔、特に口を開いて歯を見せる笑顔に特異的に誘発されますので、反射より組織化された社会的微笑の始まりとも言えます。そして相手が人であれば、家族以外でも相手を選ばずほとんど無差別に笑顔を返すのが特徴的で無差別微笑とも呼ばれています。

・5ヶ月から6ヶ月になると
人の笑顔にとりあえず笑顔で答えたあと、あるいは笑顔を作りながら少し考える時間が出現します。また相手に対してどういう態度で接するべきか迷った様子で母親の表情を見上げてから決める「社会的参照」と呼ばれる行動が出始めます。母親が笑顔を見せると乳児は安心して笑顔を作り、恐怖表情の出現頻度が少なくなります。ここで重要なことは、この時期に赤ちゃんは既に母親という「他者の心の状態」を自分の心の中に取り込もうとし始めていることで、特に注目すべき発達過程です。

・8ヶ月から12ヶ月になると
日常的に接触している親しい人以外には笑顔は示さず、不審そうに見つめたり、たいていの場合は視線を避けて恐れたように泣いて逃げようとする行動、いわゆる『乳児期の人見知り』が完成します。

そこで、6ヶ月から8ヶ月の人見知り早期に、まだ泣き出さず迷っている間に、乳児の手を取って観察者の顔を触らせると、一時的ですが人見知りを軽減することが出来ます。これは相互に触れ合うことで人見知りをブロックする機能が存在し、養育者などに対して人見知りするのを防いでいるのだと思います。私が推測するには、視覚-触覚系あるいは聴覚-触覚系のバイモーダルニューロン*が存在し、その活性化が乳児の人見知りに対して抑制的に働いているのではないでしょうか?そうすることで日頃世話をしてくれる人に対してのみ、心を開いて安定した統一性のある社会的交流を受け入れ始めるのだと思われます。
 ー後略ー

私は、林先生が書かれた最後の部分「6ヶ月から8ヶ月の人見知り早期に、まだ泣き出さず迷っている間に、乳児の手を取って観察者の顔を触らせると、一時的ですが人見知りを軽減することが出来ます。」に着目しています。幼児の人見知りを防ぐ方法として、手と顔の身体接触を採用され、それがほとんどの場合成功していることが推察できます。

*バイモーダルニューロン:物体が身体に触れたときと、物体が身体周辺に見えたときの双方に反応する神経細胞。


■児童の身体接触

日本カバディ協会の動画より

 兵庫教育大学、同大学院、長崎大学の研究者(筒井茂喜、日高正博、上原禎弘、後藤幸弘の四氏)の論文に「身体接触を伴う運動「カバディ」の教育的効果についてー小学校三年生児童を対象としてー」というものがある。ここでは身体接触の経験が児童の心的成長に必須要件であろう、の仮説のもと、ハードな身体接触を伴うカバディと身体接触を避けるタグカバディを児童にそれぞれ10時限の授業で実施し、「攻撃的な感情の表出の抑制」及び「身体への気づき」の観点から検証したもので、児童からのアンケート回答も集計されている。(カバディとは、インド発祥の格闘技の要素を含む〈鬼ごっこ〉で、攻守に分かれて攻撃側の一人が守備側の陣地に入り守備側の誰かをタッチして素早く自陣に逃げ帰る、守備側は仲間と協力してその一人を捕えることを競うゲーム。)
 論文は児童たちの「攻撃的な言葉」の使用頻度とハードな身体接触ゲームの経験に関連があるのか、という観点でまとめられたものですが、私が気づいたことを論文から紹介しましょう。

 そもそも「共感」が「攻撃的な感情の表出」を抑制する要因の一つになる(桜井茂男「児童における共感と向社会的行動の関係」)ということで、「共感は相手の感情の理解と感情の共有の2側面をあわせが妥当な定義と思われる」(澤田瑞也「共感の測定」)ということらしい。つまり、共感は相手の感情を理解し、その感情をお互いが共有することによって生まれる「情動的な心情」といえると。さらに澤田氏は、共感が成立する条件として「同一経験を持つ」ことの必要性を挙げている、のです。

 児童のアンケートには、ハードな身体接触であるホールドをした時、された時に、「相手の本気」「勝ちへの強い気持ち」などを感じ、相手の筋肉の緊張と弛緩などから、主観的に相手の気持ちや感情を認知し理解した、とある。
これは澤田氏の言う相手の感情の理解であり、児童はホールドしホールドされる両方の経験をすることで「同一経験を持ち」お互いがその感情を共有できたと考えられる。
更に、皮膚感覚の認知は、そのものに性質を与え、実在性を与えるという特質を持つそうだ(増山英太郎「感性の科学ー感性情報処理へのアプローチー」)。これは、生身にはりついた自己の主観的な世界(皮膚感覚などの近感覚)には、見間違い、聞き違いの生じようがない。だから人は、最後は自分の身体に密着する極めて主観的な世界(皮膚感覚などの近感覚)に戻って確認し、納得する(岩田純一「スキンシップ考」)ということなのだ。すなわち、皮膚感覚による認知は、視覚や聴覚による認知に比べ、人の中に実感と納得をもたらすと考えられる。
同時に、身体接触により、ホルモン(オキシトシン、コルチゾールなど)が分泌され、それが快・不快の情動を発現させるなど、皮膚への刺激によって生まれる信号が、情動脳といわれる大脳辺縁系に伝わり、情動の発現、形成を引き起こす。(引用ここまで)

 このように、児童心理学からの考察では、身体接触が他者との共感を互いに促進することが明らかになっている。体温のぬくもり、心拍、汗と息づかいといった近感覚は自分と他者が同様の生き物で同じ気持を持つことを実感できる、ということだと考えられます。身体接触は相手を理解し、理解され、共感し合った者同士の絆を共有する儀式と言えるのです


大人にとっての身体接触

 私たちの暮らしの中には、気持ちいい時間があちこちに潜んでいます。昔、清少納言が「春は日の上る頃が素敵」と書き残したように、その気になれば「ステキ」は見つかるものです。友人と出かける、食事をする、お喋りをする、散策をする、美しい景色を楽しむ、芸術に触れる、スポーツをする、驚きや発見をする、お風呂に入って、筋肉の疲れをほぐす、布団の上で身体を伸ばす、好きな人と手をつなぐ、抱きしめ合う、これらの気持ちいい時間に脳内ではドーパミンが満ちるのです。 

 2014年4月にNHKで放送された番組「人体ミクロの大冒険」ではオキシトシンという神経伝達物質について、iPS細胞を発見された山中伸弥教授が解説されていました。オキシトシンは、別名愛情ホルモンと呼ばれ、女性が赤ちゃんを出産した時に大量に血中に放出されますが、出産の時だけではありませんし、男性にもオキシトシンが働いています。 
米国のポール・ザック博士はオキシトシン細胞研究の中で興味深い報告をされました。結婚を間近に控えている男女にキスをしてもらいました。すると、キスの前後で血中オキシトシン濃度が大きく変化したのです。女性は213%増加、男性でも26%の増加です。
 
 また初対面同士の人でも同様で、ダンスやスポーツを行うと同じ結果が生まれるそうです。ダンスをした後の測定結果では平均で11%アップ、多い人で46%アップしていたのです。 
この報告では、初対面同士でもダンスやスポーツを多人数で行うことで脳内のオキシトシン(神経伝達物質)が平時よりも多く放出されたとのことですが、オキシトシン以外の神経伝達物質も放出されているはずです。ゲームが楽しければドーパミンが出ますし、クールダウンする時にはセロトニンが放出されます。このように他者との関わりの中で愛情や信頼、安心を感じることで脳内に神経伝達物質が放出されます。しかし、ひとりぼっちでぼんやりしているとこうはなりません。ですから、他者との関わりの中で楽しいことも多少嫌なことも感じて、脳内を活発にすることがとても大切なのです。この脳が活発な時間に「知的に」脳を刺激する内容(ゲームやトレーニング)を組み合わせると、さらにアセチルコリンが放出されます。

参考資料:一人暮らしは認知症の危険因子

オランダ・アムステルダム自由大学医療センター精神科のTjalling Jan Holwerda氏らの研究では次のような報告がされている。
 オランダに住む高齢者2,173人(認知症を発症していない65~86歳、うち男性が36.9%)を対象に、孤独感や社会的孤立(一人暮らし、未婚、社会的支援なし=家族、近隣、施設からの援助なし)と認知症発症の関連を3年間追跡調査した。
研究対象者のうち独居者は1,005人(46.2%)、未婚または早々に離婚した人は1,100人(50.6%)で、社会的支援を受けていない人は1,590人(73.2%)だった。彼らに「孤独を感じるか」と質問したところ、433人(19.9%)が「感じる」または「非常に感じる」と回答した。
 一人暮らしのグループの認知症発症率はそうでないグループの1.66倍と高く、未婚または早々に離婚したグループも既婚グループに比べて1.74倍高かった。さらに、社会的支援を受けていないグループは、受けているグループに比べて2.0倍、「孤独を感じる」と回答したグループは、そうでないグループの2.4倍高い認知症発症率であることがわかった。
以上の結果から、Holwerda氏らは「認知症発症には一人でいるということより、自分が孤独だと感じることが強く影響している。しかし、両者の関連性は不明である。認知症は孤独だと感じた結果引き起こされるものなのか、それとも認知力が低下した結果、孤独感を抱くのか検討する必要があるとしている。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21896239

 一方で、ストックホルム(スウェーデンの首都)在住の75歳以上の高齢者1,203名を対象に3年間行った調査で、独身・独居・子なし・友人なしと社会的接触が乏しい群は、結婚・同居人あり・子どもが毎週会いに来る・友人多数の群に比べて認知症発症率は8倍高かったと報告されています。総務省が2011年6月29日に発表した国勢調査の結果によれば、我国の一人暮らし世帯は1,588万5千世帯で一般世帯の31.2%と初めて3割を超え、「夫婦と子供」で構成される世帯を抜いて最も多い世帯構成となりました。そして、65歳以上では男性の10人に1人、女性の5人に1人が一人暮らしであるという状況が浮き彫りとなりました。

 「孤独を感じる」と回答する人は他者との接触が少なく、社会性の乏しい、会話の無い日々をおくっているのだろう。一人暮らしであっても他者との接触がある人は、遊びや会話が成立するのだから、脳への刺激は維持可能です。「一人暮らし」という事実がその人の孤独な生活を意味している訳ではない。同居の家族がいても、会話の無い生活であれば脳への刺激は減じてしまう。ここで着目すべき要素は「偶然性」であろう。予期せぬ出来事にどれだけ出会い、考え、会話し、対処するか。毎日変わらぬプログラムをこなすだけでは、複数の人々と過ごしていても、脳への刺激はあまり期待できないと思います。

 「無縁社会」とも揶揄される現代の高齢者を取り巻く問題の解決には、「地域コミュニティ」の活性化が不可欠だと思われます。そして、孤独に過ごさず、想定外の話し相手と生き生きと過ごすことは、認知症予防という面において重要な鍵を握るのです。


■他人同士のコミュニケーション

いかがでしょうか。
身体接触が乳児の人見知りを軽減し、小学生の「攻撃的な感情の表出の抑制」及び「身体への気づき」を招き、成人、高齢者に愛情と幸せな気持ちを増加させることがお分かりいただけたと思います。一方で、孤独感が認知症発症進行を加速させる要因であることも明らかになっています。

 しかし、家族や友人といった互いを支えあうステディな人間関係失ったとしても、他人同士で支えあう関係は存在します。医療や福祉、行政のサポートの現場には支えることを仕事としている人々が居ます。町中の商いの場面にも気遣いやおせっかいな関わりは存在します。
 とは言え、所詮は他人。ビジネスライクなよそよそしさや経済行為の等価交換の限界には明瞭な断絶があります。しかし、そんな他人同士の世界にも身体接触系コミュニケーションは多数存在しています。理容室、美容室、マッサージ、エステサロン、ネイルサロン、風俗店などのサービス業です。髪や肌に触れて癒してくれるビジネスが世間に溢れているのは、私達が身体接触なしでは健やかに生きられない事の証のように思えます。医療の世界には今でも「手当て」という言葉が残っています。温泉の湯や肌触りの良い寝具、生活用品、美しい衣類を求めてしまうのも心地よい身体接触を求めているからなのでしょう。
 さて、人同士の身体接触で介在するのは多くの場合「手」ですが、実は、手のひらは人体の中で最も敏感な感覚器官なのです。手の皮膚は、手をつつんで内部を保護しているだけでなく、外環境との接触面となっていて、外環境の変化をうけとるための受容器の種類と数が豊富にあるのです。以下、久保田競先生(京都大学名誉教授)の「手と脳」(紀伊國屋書店)から紹介します。
手の感覚だけで、少なくとも5種類のものが区別される。一過性に触られた時に感じるのが触覚で、持続的に圧されたときに感じるのが圧感である。熱さ、冷たさも独立した感覚であり、痛みも独立に感じる。この他に、はっきりした意識にのぼらない感覚として、運動感覚(固有感覚ともいわれる)があり、筋肉や関節の状態を脳へ伝達して運動調節に関係している。(中略)さまざまな感覚が独自のものとして区別されるには、主観的体験がはっきりと区別できるだけでなく、それを受け入れる受容器、感覚経路、感覚(受容)野が脳内に備わっていてはじめて可能になる。

 このように高度な感覚器官である手を使う身体接触系サービス業は髪や皮膚に触れるだけですが、神経回路を通じて脳を刺激しています。そして、その手を使っているサービス提供者側の脳にも豊富な刺激が送られているのです。
美容師もマッサージ師もエステシャンも、経験を積めばその手技は上達し、客の満足は高まる。その理由は、繰り返す手指を使った行為が、感覚器官である手指の神経を更に敏感に精緻に研ぎ澄まし、わずかな筋肉の使い分けで出力に微妙な変化をつけることができるようになるからです。これらはものづくりの職人にもスポーツ選手にも料理人にも現れることを私達は経験的に知っています。つまり、ベテランだから器用なのだ、という結果を見るだけではなく、繰り返された鍛錬によって手指の感覚と脳神経細胞が鍛えられるという、身体の入出力の因果関係にも着目すべきなのです。

図:皮膚表面の機械受容(「手と脳」p61より)
二本針のコンパスの先を広げて、同時に皮膚に当ててみる。当てる強さは痛みを感じない程度にする。もし2つの点として感じたら、針先の幅を少しづつ狭くする。すると一つの点としか感じなくなるところがある。このように独立した2つの点として感じられる最小の距離が触覚の二点閾値である。図は、シドニー・ワインスタインが若い男女学生約50人を使って触覚の閾値を比べた結果で、Aは触覚の二点閾値(mm)Bは圧の閾値。


■身体接触と認知症者コミュニケーション

 さて、ここまで0歳時の人見知り回避と、小学児童のハードな身体接触から他者を理解し共感する経験、他人同士の身体接触型コミュニケーションを見てきました。私が強調したいのは、言葉を使わなくても人同士はコミュニケーションが可能であったし大人になっても十分な有効さを持っている。物事の理解が乏しくなり、時間の観念を失い、言葉も少なくなった認知症者とのコミュニケーションは身体接触を繰り返すことで少しづつ回復できるのではないかということなのです。

手を握り、肌を撫で、やさしく抱きしめることで、皮膚への心地よい刺激が脳神経細胞を活性し、オキシトシンなどの神経伝達物質の合成を促し、シナプス活動を活発にするということは既に明らかになっています。体臭や口臭が気になる場合は、アロマの香りで悪臭を打ち消して、身体接触を繰り返し試みてください。
 アロマオイルを使ってトリートメント(マッサージのような行為)を両手両足に施すのも簡単に毎日続けられるやり方だと思います。そして最も重視していただきたいのは、認知症者をトリートメントを受ける立場に固定せず、他者をトリートメントする側に立たせることです。

 手の指に力を込めて、他者の肌を撫でる行為は自身の脳に多くの刺激を与えます。指を使って、物を握るのはサルと人間だけです。そのために、サルと人間は脳が巨大化しました。更に人間は親指が他の四本と異なる曲がり方をすることで、複雑な動作が可能になりました。このように、手のひらは人間の最も敏感な感覚器官なのです。
普段、ケアされるばかりの認知症者が、他者を癒やし、喜ばれ、感謝されるのですから、その行為から得る満足感は非常に大きなものになります。是非、普段の暮らしの中に取り入れてください。

資料:行動心理症状を持つ人の暮らす場を整える(高見美保氏の資料より)
グラフ①「認知症の進行に伴うストレス刺激閾値の変化」では、認知症が進行し重度化すると、知覚刺激の増大にともない、ストレスの耐性が弱まり、不安行動をおこしやすく、行動障害を起こす頻度も高まることが示されている。
グラフ②「認知症の人の24時間におけるストレスの蓄積と行動の変化(神垣改)」では、目覚めてから活動開始の頃には不安行動域に入り、午後には行動障害を起こしがちになる。不安行動域内で刺激が強まると、夜まで行動障害を繰り返し発することが示されてる。
グラフ③「認知症の人への計画的支援により正常行動を維持している状態」では、刺激に反応し不安行動域に入る前に、計画的な支援を講ずることで安定状態を維持できる、ことを示している。

 このように、認知症者それぞれにタイムリーな支援を行うことができるかは、容易ではないが、日常的に身体接触の機会を繰り返し持つことで、認知症者の不安行動を抑制できると思われます。


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